「国境の長いトンネルを抜けると」 主語のある・なし

雪だよりですが,仙台でも先週,一部降った地域があります。
ノーベル賞作家,川端康成の代表作「雪国」の冒頭は有名です。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」

なぜか「そこは」を入れて
× 「国境の長いトンネルを抜けると,そこは雪国であった。」
と間違って覚えている人がいます。

たいていの日本人は,この文章を読むと,自分が乗った汽車が
長いトンネルを抜け,真っ白な雪国に出る様子を思い浮かべるようです。
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私が持っている新潮文庫の表紙もトンネルを抜ける瞬間のようです。
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有名な冒頭。
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国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。

(「国境」は「こっきょう」か「くにざかい」かの論争はあるようですが)
これだけで季節,時刻,語り手の状況がわかる優れた文章です。

これまで何度か映画化,ドラマ化されているようですが
いちばん最初は1957年の映画のようです。
やはり冒頭は汽車がトンネルを抜けるシーン。
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これは撮影中の駒子役の岸恵子さんを訪ねた川端康成
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実はこの小説の冒頭,とてもおもしろいのです。

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」

よく見ると,主語がないのです!

(後の文で「汽車」が出てきますが,この文には主語がありません。)

試しに,中1の生徒に聞いてみました。

私 「トンネルを抜けたのは誰?」
生徒「わたし!」
私 「なぜ? 書いてないよ」
生徒「書いてないんだから,わたし!」


話してみると,乗り物が汽車であれ新幹線であれ自動車であれ,
乗っているのは「わたし」のようです。

これは日本語は主語がなくても文章が成立するという特徴を
よく表している現象だと思います。

じゃあ,英文ではどう訳されたのでしょうか?
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アメリカのサイデンステッカー Edward G. Seidensticker(1921-2007)は
「雪国」をあえて造語に近い直訳で "Snow Country" として翻訳しました。

1956年版の最初の2文の英訳はこうです。

The train came out of the long border tunnel - and there was the snow country. The night had turned white.

(汽車は長い国境のトンネルから出てきた。そこには雪国があった。夜が白くなった。)


英語では基本的に主語が必要です。
主語として The train (汽車,電車,列車)が捕捉されています。

また,サイデンステッカーは40年後に再翻訳をしています。

1996年版

The train came out of the long tunnel into the snow country. The earth lay white under the night sky.

(汽車は長いトンネルを出て雪国に入った。夜空の下で大地は白く広がっていた。)


すっきりした文になりました。「夜の底が白くなった」もこちらがいいです。


私が興味をひかれるのは,日本語では主語がなくて文が成立し,
英語では主語を補わないと訳せないということです。

興味深い実験があります。

英語を話す人に,この冒頭の絵を書いてくださいというと
多くの人が train と tunnel を上から見たような絵を描くそうです。
例えばこんな構図で。
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これは神の視点です。
どこにも「わたし」をあらわす「 I 」がないので無理はありません。

でも,日本人がこの冒頭を絵にかくと,ほとんどの人が
最初の写真のような,汽車に乗ってる人の視点で描くそうです。
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つまり,文章の中に「わたし」を読み取っているのです。


英語は基本的に主語が必要なので,曜日,日付,時刻,天気,
暑い,寒い,・・・にも意味のない it を用います。


It's Saturday, November 12th.
It's noon.
It's sunny, but it will be cloudy in the afternoon.
It's warm now.


などなど。


主語がなくても,単数・複数の区別がなくても成立する日本語。
これを英訳するのは翻訳家にとっては大変なんだろうなあ。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
語い問題。初級問題。(H17全国高専)

次の(  )に入る語を書きなさい。ただし [ ]の字で始まる。

How is the (  ) in Hokkaido today ? ---- It's cloudy. [w]



ヒント
「今日北海道の(  )はどうですか?」
「曇りです」




正解は 
How is the ( weather ) in Hokkaido today ? ---- It's cloudy. [w]

「今日北海道の(天気)はどうですか?」
「曇りです」

やはり英語では意味のない it を使って天気を答えます。

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この記事へのコメント

2016年11月15日 08:35
おはようございます。

 今回はとても興味深い話をありがとうございます。前回の「鬼=it」と合わせて、色々と考えさせられました。
 主語の省略は、古文を読む上での難関でもあるのですが、欧米との比較文化論のテーマととしては面白い観点かもしれませんね。
SuZ
2016年11月15日 23:54
少し前にgoogle翻訳が賢くなったとネットで噂になっていたので、原文をそのまま自動翻訳してみました。
ちょっと状況説明文的ではありますが、主語の「I」はちゃんと補っているようです。

When I passed through a long tunnel in the border, it was a snowy country.
2016年11月16日 05:59
あきあかねさん
おはようございます。主語がなくても成立する日本語もおもしろいけど,主語がないと文を作れない英語もおもしろいと思うのです。成立しないから,無理矢理 it を使っている感があります。生徒にはこの辺が難しいようです。
2016年11月16日 06:08
Suzさん
おはようございます。以前,このブログで「走れメロス」の冒頭をgoogle自動翻訳して,さらにその英文を和訳して原文に戻るかやってみましたが,けっこういい線いっていたのには驚きました。
「雪国」のgoogle訳は原文通り乗り物が排除され,人が歩いてトンネルを抜けた感がありますね。もちろん,その後汽車と言うことがわかるのですが。やはり「I」を補うところが英語らしい文章です。

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