市松模様の話(2) 名前の由来
前回,市松模様を用いたカーレースのチェッカーフラッグについて
書きました。英語については説明しましたが,そもそも日本語では
なぜ「市松模様」と言うのでしょう?
江戸の中期1722年,伏見(京都)生まれの歌舞伎役者がいました。
その名は佐野川市松。
はじめ,子役で人気を得ていましたが,17歳ころに青年役(若衆形)
となります。その後,江戸に活動の場所を変えました。
1741年,「心中万年草(高野山心中)」で粂之助を演じ,大当たり。
そのときの袴の,白と紺の正方形を交互に配置した模様が,
彼の名前を取って「市松模様」として流行しました。
佐野川市松はその容姿の美しさから人気が出て,
「市松模様」と言う言葉も定着しました。家紋は丸に「同」。
32歳のころに,女性役(若女形)に転向し,江戸の若女形のトップに
なりますが,これからと期待されたときに40歳の若さで亡くなりました。
佐野川市松の名は,2代目,3代目に引き継がれましたが,
初代ほどの活躍はなかったそうです。
これはあの写楽が描いた3代目佐野川市松(若女形)。
しっかり,市松模様と丸に「同」の家紋が引き継がれています。
また,歌舞伎の世界だけでなく,女性たちも市松模様の小袖を
好んで着て,おしゃれを楽しんでいたようですね。
では,佐野川市松が現れるまで,「市松模様」はなかったのでしょうか?
次回は「市松模様」にまつわるいろいろなことです。
書きました。英語については説明しましたが,そもそも日本語では
なぜ「市松模様」と言うのでしょう?
江戸の中期1722年,伏見(京都)生まれの歌舞伎役者がいました。
その名は佐野川市松。
はじめ,子役で人気を得ていましたが,17歳ころに青年役(若衆形)
となります。その後,江戸に活動の場所を変えました。
1741年,「心中万年草(高野山心中)」で粂之助を演じ,大当たり。
そのときの袴の,白と紺の正方形を交互に配置した模様が,
彼の名前を取って「市松模様」として流行しました。
佐野川市松はその容姿の美しさから人気が出て,
「市松模様」と言う言葉も定着しました。家紋は丸に「同」。
32歳のころに,女性役(若女形)に転向し,江戸の若女形のトップに
なりますが,これからと期待されたときに40歳の若さで亡くなりました。
佐野川市松の名は,2代目,3代目に引き継がれましたが,
初代ほどの活躍はなかったそうです。
これはあの写楽が描いた3代目佐野川市松(若女形)。
しっかり,市松模様と丸に「同」の家紋が引き継がれています。
また,歌舞伎の世界だけでなく,女性たちも市松模様の小袖を
好んで着て,おしゃれを楽しんでいたようですね。
では,佐野川市松が現れるまで,「市松模様」はなかったのでしょうか?
次回は「市松模様」にまつわるいろいろなことです。




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