野内与吉さん(4) JICA横浜 海外移住資料館

マチュピチュ村を切り拓いた日本人,野内与吉の最終回。
ペルーに日本人が移民を初めて120年経つそうです。
日系の大統領(フジモリ大統領)も誕生しています。

前回は3月末に福島県大玉村の「野内与吉資料展示室」を訪ねたことを書きました。そのときにいただいたのが,このハンドアウト。
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JICA横浜 海外移住資料館
「マチュピチュ村を拓いた男 野内与吉とペルー日本人移民の歴史」


これはもう横浜に行くしかありません(笑)。
気づいたらゴールデンウィーク真っただ中,5月2日新幹線に乗っていました。

横浜のみなとみらい線,馬車道駅を降り,万国橋を渡ります。
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間もなくJICA横浜 海外移住資料館に到着。
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建物内に入ります。移民の歴史資料がたくさん。本当は撮りたいパネル写真もあったのですが,撮影禁止でした。
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展示室に入ります(入館無料)。日本人の移民の歴史がわかります。
やはり基本的には撮影禁止ですが,中にはOKマークの部分があります。
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移民の人々のトランクや行李を再現。旅券(パスポート)や現金の他に,様々なものを持って行きました。
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他には・・・洗面・化粧道具,衣類,食料,食器,炊事道具,辞書,医薬品,農機具,大工道具,将棋,花札,家族の写真,天皇家の御真影,お守り,中には仏像や大黒様の像を持参する人もいたそうです。
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多くの人々は農地の開拓に従事しました。
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中には商店を開いた人もいます。
「大草原の小さな家」のオルソンさんの店みたい。
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アメリカのオレゴン州で開いた店の広告。
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さて,企画展示室の野内与吉氏の展示については,やはり撮影禁止でした。
ただ,1か所だけOKなところがあり,それは福島と同じでマチュピチュを背景に写真を撮りましょうというコーナーでした。
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ちなみに,企画展示「マチュピチュ村を拓いた男 野内与吉とペルー日本人移民の歴史」は明日,5月26日(日)までです!


今回,野内氏に興味を持ったことで,日本人移民のことを少し勉強ができました。

この海外移住資料館の近くには,横浜赤レンガ倉庫がありました。
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都内にも行きたいところがあったので,赤レンガ倉庫には立ち寄らずに帰路につきました。




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この記事へのコメント

2019年05月25日 08:46
おはようございます。

 あれ、まあ!
 思い立って横浜まで…
 すごい!

 父の従弟なのですが、私が小学校に入ったか入らないかの頃にブラジルへ移民しました。2、3年してから、そのころとても珍しかったインスタント・コーヒーを送ってくれました。でも、船便で送られて来たので、私たちの所に着いたときは、湿気って固まっていました(笑)。
 もう長い事音信不通なのですが、どうしているのかなあ…
2019年05月25日 21:45
あきあかねさんと同じです 笑
あれまあ・・・行ってらしたのですね~

忘れられない・・楽しい素敵なお話でした。
本当に有難うございました(^^♪
2019年05月26日 06:47
あきあかねさん
おはようございます。
はい,横浜まで行ってしまいました。期間が限られているのでちょっと急かされたかな。
今ではフェイスブックなどでつながっていますが,本当に当時の移民の方は祖国との連絡がほとんどできないような状況で旅立たれたんですね。
コメントありがとうございます。
2019年05月26日 06:49
みなとさん
おはようございます。
読んでいただき,ありがとうございます。
日曜俳句では,戦時中の強制収容所で詠まれた俳句について書きました。いかなる状況でも俳句の心を忘れなかった人々に敬服します。

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