We Can Do It!

前回,朝ドラから,直接戦闘に加わらない一般国民を表す「銃後」という言葉について書きました。
ブロガーのあきあかねさんからアメリカの国防婦人会や勤労奉仕について質問がありました。
私はそのことは詳しくないのですが,当時のアメリカの「銃後」の労働意欲を高揚するためのポスターについて書きます。

そのポスターとはこれで,We Can Do It! と言葉が添えられています。

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Wikipedia によれば,これは,J・ハワード・ミラーが1942年にウェスティングハウス・エレクトリックの依頼を受けて製作したもの。
労働者を鼓舞して勤労意欲を高めることを目的としたそうです。

でも・・・

第二次世界大戦中にこのポスターが人目に触れる機会はほとんどなかったそうです。

1980年代の初めに再発見され,様々な形で広く再生産されました。
政治問題を提唱するために使われたり,雑誌の表紙を飾ったり。

1999年には普通切手のデザインに採用されました。

8dostamp.jpg

ヒラリー・クリントンさんは選挙戦でキャンペーンの道具として使いました。

8doclinton.jpg

今では様々なものにこのイメージは利用されています。

8docards.jpg

これは水の自動販売機。

8do9.jpg

そしてパロディもまた(笑)。

do.jpg

このポスターは戦争を呼びかけ,女性の労働を駆り立てたという批判もあるようですが,実際はポスターを発注した会社に貼られただけのようです。

ちなみにこの女性のモデルはミシガン州の工場労働者ジェラルディーン・ホフさん。
17歳だったそうです。

この広告用の写真を撮った直後に彼女は工場を辞めました。
前任者がプレス機で手を怪我したという話を聞いてチェロが演奏できなくなることを恐れたためで,その後別の工場にタイムキーパーの仕事を見つけたそうです。






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この記事へのコメント

2020年10月07日 09:08
おはようございます。

 私の疑問にお答えくださり、ありがとうございます。
 私もこのポスターは見覚えがあるのですが、なぜかモノクロです。もうだいぶ前になるのですが、NHKで大戦中のアメリカ本土の銃後の生産体制に関してのドキメンタリーが放映されたのですが、その記録映画と、それ以前に雑誌か何かで見知っていたこのポスターの画像がごっちゃになっている様なのです。
 あと、これは映画の中のワンシーンだったと思うのですが、戦争未亡人のもとを訪れて慰める団体、という記憶も在ります。
 いずれも断片的な知識で、、、私は近現代史には疎いですねぇ。もう少し勉強しなければ…
2020年10月08日 00:06
あきあかねさん
こんばんは。
私なりに書けることを書いてみました。We Can Do It! の言葉自体がWikipedia の見出し語になっていることに驚きましたが,他にもアメリカの戦意高揚のポスターやオーストラリアのものもネット上で見つけることができます。
現在の朝ドラの主人公は古関裕而さんがモデルですが,戦意高揚の曲を作ることは内心どうだったのでしょう。
大阪ののぶちゃん
2020年10月09日 08:53
8歳上の兄と母の銃後、です。
兄は旧制中学校に通学していました。戦争末期になりますと学校から学徒動員で近鉄電車の要員を養成するという名目で寮に入り旋盤など使って働いていました。隔週に帰宅すると兄の下着は「虱シラミ」がいっぱい。祖母が釜でぐつぐつ煮て虱やその卵を殺していました。明治三年生まれの祖母も銃後の守り、です。
母は国防婦人会の襷をかけバケツリレーや慰問袋の作製に行ってました。
父はサラリーマンでした。脊椎カリエスで戦争に行けませんでした。お国のために戦争に行けない自分を責めていました。あの当時、戦争末期になりますと40歳近い男性にも赤紙が来ていました。友達のお父さんは昭和23年にシベリアからやっと帰国できました。生きて帰ったのはラッキーと言われました。戦争孤児になりつらい時代を生きた人たちの番組は涙なくして見られません。
2020年10月10日 07:03
のぶちゃんさん
おはようございます。
兄上様とご母堂様の話,ありがとうございました。当時の人々の様子は私もわからないので,このような形で後世に伝えていく必要があると思います。
私も祖父は沖縄で戦死し,実家には命と引き換えに大きな賞状のようなものが飾られていました。祖母は何度も沖縄に行き,県人会の慰霊碑を拝むことを続けていました。そんな祖母からは戦争のことを聞くのは申し訳なく,尋ねることもしないうちに祖母も他界しました。
現在朝ドラはそのような時期の話で,見ていてつらいです。