野内与吉さん(3) 福島県大玉村・野内与吉資料展示室
2回に分けて,世界遺産マチュピチュ遺跡観光の拠点であるマチュピチュ村の初代村長,野内与吉さんについて書きました。
今年3月,私は「海外移住資料館だより」で彼のことを知りました。
さらにパンフレットの中で,「野内与吉資料展示室」なるものが,野内氏の故郷,福島県大玉村にあることを知ると,もういてもたってもいられなくなりました。
調べてみると,土日は休館日。
ということは平日に仕事を休むしかない・・・。
仕方がないので春休みまで待ち,ある午後,休暇を取って福島に。
高速道路で行けば,間に合う。車は二本松インターをおり・・・
着いたのが大玉村農村環境改善センター。
玄関に立て看板。「無料 自由にご観覧ください」とあります。
この建物の1階には,この村の教育委員会が入っていました。
階段を上り,2階に。視聴覚室内にあるのが資料展示室。
人形が着ているのはペルーの民族衣装か。
開館のあいさつ。
入ると1人の女性が受付をしていました。
記帳用のノートに住所や名前を記入。
残念ながら,展示室内は撮影禁止。
展示されていたのは与吉の人生に関するものや与吉手作りの工具,ペルー移民の歴史など。
ペルー民族衣装の試着コーナーもあります(笑)。
唯一写真を撮っていいのが,マチュピチュ遺跡をバックに記念写真。
この場所です。
それほど長くいたわけではありませんが,野内与吉氏をはじめとする移民の人々の苦労を感じることができる展示室でした。
実はこの展示室は,初めからここにあったわけではありません。
初めは,2017年の5月に村内の温泉旅館・金泉閣に開設されました。
そして,2018年3月に今の公共施設に移設されました。
これは,そのときの新聞記事。
写真の男性は,資料館館長の野内セサル良郎さん。
1975年ペルー生まれ。そうです。与吉氏のお孫さんです。
日本マチュピチュ協会会長。
セサルさんは祖父の与吉さんとは逆に,最初はペルーから日本に出稼ぎ目的で16歳のとき来日。
高校に通いたいと思いましたが,言葉と経済的理由で断念。
日本語もわからずに自動車部品工場で働きました。
過酷な仕事にペルーに帰りたいとも思いましたが,祖父はもっとつらかったはずだと諦めてはいけないと思ったそうです。
工場勤務をしながら日本語を習得し,定時制高校に入学。
その後大学にも進学し卒業。
就職後も名古屋国際センターで講師や東海三県の学校でペルーの文化を伝える活動を続けました。
現在も講演やイベント活動を通して日本とペルーの懸け橋として活躍されています。
現在,「野内与吉資料展示室」は臨時休館中のようです。
訪れる際には,電話かメールで確認をお勧めします。
(私はメールで確認してから行きました。)
ホームページは → こちら
つづく・・・
今年3月,私は「海外移住資料館だより」で彼のことを知りました。
さらにパンフレットの中で,「野内与吉資料展示室」なるものが,野内氏の故郷,福島県大玉村にあることを知ると,もういてもたってもいられなくなりました。
調べてみると,土日は休館日。
ということは平日に仕事を休むしかない・・・。
仕方がないので春休みまで待ち,ある午後,休暇を取って福島に。
高速道路で行けば,間に合う。車は二本松インターをおり・・・
着いたのが大玉村農村環境改善センター。
玄関に立て看板。「無料 自由にご観覧ください」とあります。
この建物の1階には,この村の教育委員会が入っていました。
階段を上り,2階に。視聴覚室内にあるのが資料展示室。
人形が着ているのはペルーの民族衣装か。
開館のあいさつ。
入ると1人の女性が受付をしていました。
記帳用のノートに住所や名前を記入。
残念ながら,展示室内は撮影禁止。
展示されていたのは与吉の人生に関するものや与吉手作りの工具,ペルー移民の歴史など。
ペルー民族衣装の試着コーナーもあります(笑)。
唯一写真を撮っていいのが,マチュピチュ遺跡をバックに記念写真。
この場所です。
それほど長くいたわけではありませんが,野内与吉氏をはじめとする移民の人々の苦労を感じることができる展示室でした。
実はこの展示室は,初めからここにあったわけではありません。
初めは,2017年の5月に村内の温泉旅館・金泉閣に開設されました。
そして,2018年3月に今の公共施設に移設されました。
これは,そのときの新聞記事。
写真の男性は,資料館館長の野内セサル良郎さん。
1975年ペルー生まれ。そうです。与吉氏のお孫さんです。
日本マチュピチュ協会会長。
セサルさんは祖父の与吉さんとは逆に,最初はペルーから日本に出稼ぎ目的で16歳のとき来日。
高校に通いたいと思いましたが,言葉と経済的理由で断念。
日本語もわからずに自動車部品工場で働きました。
過酷な仕事にペルーに帰りたいとも思いましたが,祖父はもっとつらかったはずだと諦めてはいけないと思ったそうです。
工場勤務をしながら日本語を習得し,定時制高校に入学。
その後大学にも進学し卒業。
就職後も名古屋国際センターで講師や東海三県の学校でペルーの文化を伝える活動を続けました。
現在も講演やイベント活動を通して日本とペルーの懸け橋として活躍されています。
現在,「野内与吉資料展示室」は臨時休館中のようです。
訪れる際には,電話かメールで確認をお勧めします。
(私はメールで確認してから行きました。)
ホームページは → こちら
つづく・・・








"野内与吉さん(3) 福島県大玉村・野内与吉資料展示室" へのコメントを書く